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浦和地方裁判所 昭和43年(ワ)288号 判決 1970年5月12日

原告

石川邦明

ほか一名

被告

株式会社四国洋紙店

ほか一名

主文

一、 被告らは各自原告石川邦明に対し金一五万円、同石川恵嬉子に対し金七〇万二、六〇六円および右各金員に対する昭和四三年五月二八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二、 原告らのその余の請求を棄却する。

三、 訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告らの求めた裁判

1  被告両名は各自原告石川邦明(以下邦明という。)に対し金一〇〇万九、八〇〇円、原告石川恵嬉子(以下恵嬉子という。)に対し金二二八万七、三〇六円および各本訴状送達の翌日より右完済までこれに対する年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、被告株式会社四国洋紙店の求めた裁判

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三、被告内外化学株式会社の求めた裁判

被告四国洋紙店と同旨の判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)(事故の発生)

昭和四二年九月一六日午後四時二〇分ごろ原告邦明は、東京での所用を終つての帰途、母原告恵嬉子を同乗させ都内板橋区志村一の三の二附近道路上を同区志村坂上方面に向つて自家用普通自動車(以下原告車という。)を運転走行させていたが、雨のため路面がぬれて先行車がスリツプするのを見て危険を感じ車を前記路上に停止させたところ、反対方向から被告株式会社四国洋紙店(以下四国洋紙店という。)の雇人訴外松村清司(以下松村という。)が同店所有の普通自家用自動車(以下四国車という。)を道路中央線をこえて走行させ、折から前記路上に停止していた原告車右前部に同車前部を衝突せしめた。

右の衝突とほぼ同時に原告車の後方から追走してきた被告内外化学株式会社(以下内外化学という。)所有、同社雇人訴外篠崎重光(以下篠崎という。)運転の普通貨物自動車(以下内外車という。)が原告車後部に追突した。

(二)(原告らの損害)

右原告車の前部後部に対する二つの衝突事故により運転者原告邦明、同乗者原告恵嬉子ともども鞭打ち症の傷害をうけて、原告邦明は昭和四二年九月二七日より同年一〇月一〇日まで入院加療し原告恵嬉子も同年九月二五日より同年一二月三日までの間入院しその後現在まで引続いて通院加療中であるが、最近に至り右事故によつて眼底出血、腰椎損傷等の傷害を受けていたことも発見されている。

右受傷またはその治療過程において原告らの受けた損害は左のとおりである。

1 財産的損害

原告邦明の財産的損害(合計金九、八〇〇円)

治療費についてはすでに被告らによつて支払ずみでありその他治療に関し要したる諸雑費は、左のとおりであり、邦明はそれと同額の損害を受けた。

イ 入院自動車代 金八〇〇円

ロ 付添人心付 金四、五〇〇円

ハ 洗面具食器等購入費 金四、五〇〇円

原告恵嬉子の財産的損害(合計金二八万七、三〇六円)

(1) 治療費(金一一万一、一〇六円)

昭和四三年五月以前の治療費については、原告らによつて支払われており、同月以降昭和四四年一二月一日までに原告恵嬉子の本件受傷による治療費は合計一一万一、一〇六円であり原告恵嬉子はそれと同額の損害を受けた。

(2) 諸雑費(合計金九万二、二〇〇円)

治療に関し要したる諸雑費は左のとおりでありそれと同額の損害を受けた。

イ恵嬉子入院通院時自動車代 金五万五、〇〇〇円

ロ付添人通院自動車代 金二万三、六〇〇円

ハ付添人心付、食事代 金二、五五〇円

ニ洗面具食器等購入費 金一万一、〇五〇円

(3) その他の財産的損害(金八万四、〇〇〇円)

原告恵嬉子は本件受傷により従来従事してきた主婦としての日常家事はもとより自家経営の洋品店の業務もなすことができず、そのため人を二人雇入れその報酬として金八万四、〇〇〇円を支払つたので、それと同額の損害を受けた。

2 精神的損害

原告邦明の精神的損害

原告邦明は本件事故による受傷により入院生活約二週間およびその後の通院加療を余儀なくされたうえ事故当時明治大学政経学部にて勉学するかたわら将来デザイナーになることを目指してその学校にも通学していたが、受傷によりデザイナーとしての勉学を中止するの已むなきに至りその志望を断念するに至つた。さらに日常生活においても以前のごとく重労働に耐えうることができなくなり仕事に対しても耐久力も失つている。

右のごとき原告邦明の受けた精神的苦痛を補うため慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当とすると考える。

原告恵嬉子の精神的損害

原告恵嬉子は大正九年三月四日生れ訴外石川武平の妻であり事故当時極めて健康にて主婦として家事一切をきりまわす一方、自家の洋品店経営にもその中心的働き手として元気に働いていたが、本件受傷により約二ケ月半に及ぶ入院生活を送ることを已むなくされたうえ、一時は廃人同様になり、日常生活にも事欠く状態であつたそのうえ昭和四四年一〇月頃までは家業に従事することもできなかつた。現在においても、依然として四肢、頭部のシビレ、視力の減退等後遺的症状がのこり、引続いて通院加療中である。

右のごとく原告恵嬉子の精神的苦痛は多大でありその慰藉料は金二〇〇万円をもつて相当とする。

(三)(被告らの責任)

1 被告らはいずれもその保有車の運行により原告らに右の傷害を負わせたので、自動車損害賠償保障法第三条により被告らは各自本件事故によつて生じた原告らの右各損害を賠償すべき責任がある。

2 かりに内外車は内外化学の所有するところでなく訴外旭工業株式会社の所有に属するものであり、内外化学には右1の責任はないとしても、内外化学は内外車の原告車に対する追突により生じた右旭工業の原告らに対する一切の債務を昭和四二年九月二九日引受けたので原告らの各損害を賠償すべき責任を免れるものではない。

(四)(結論)

よつて(原告らは)被告ら各自に対し、原告邦明は金一〇〇万九、八〇〇円、原告恵嬉子は金二二八万七、三〇六円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁

(一)  四国洋紙店の答弁

1 請求原因(一)の事実は認める。

2 同(二)の事実中原告らの受傷および治療の事実は知らないその他の事実は否認する。(原告らが受傷したとしても、それは四国車との衝突事故によるものでなく、内外車の追突事故によるものである。)

3 同(三)の1の事実は否認する、同2の事実は知らない。

(二)  内外化学の答弁

1 請求原因(一)の事実中内外車が内外化学の所有であり、訴外篠崎が内外化学の雇人であるとの点は否認し、その余の事実は認める。

2 同(二)(三)の事実はすべて否認する。

三、被告らの抗弁

(一)  四国洋紙店の免責の抗弁

1 本件事故当時現場附近は地下鉄工事のため車道一面に鉄板が敷かれている、その上に泥土が散布されている、小雨が降つているなど非常に車がスリツプしやすい道路状態にあつたが、松村はその道路状態を認識し極力車がスリツプするのを避ける運転をしていたが、左側並進車が急に四国車に寄つてきたためハンドルを右から左へと転把したところ、道路の状態が右のごとく最悪であるため車は道路中央線を僅かにこえて滑走してしまい原告車に接触してしまつたもので、並進車の急激な接近、最悪の道路状態などを考えあわせると、右の接触事故は已むを得ないものというべきで、松村には車の運行につき過失はないというべきである。

2 被告も年二回車両運転者には講習を受けさせる、一週間に一度の朝礼時に車の運行に関する注意を与える、などする一方、車の整備点検等においても万全の注意をするなど車の運行に関する注意を怠つていないし、四国車にも構造上の欠陥又は機能障害が存した事実もない。

3 本件の原告らの受傷は、四国車により生じたものではなく、内外車の追突により生じたものであり、内外車の運転者篠崎には前方不注視、原告車との車間距離を適当にとらなかつた等の過失がある。

(二)  内外化学の免責の抗弁

1 本件事故当時、原告車は道路中央線寄りの車線を内外車は、それよりも一つ歩道寄りの車線をそれぞれ走行していたものであるが、およそ並進している場合先行車との間に適当な車間距離を保つべき義務もなければ、その動向につき厳格に注視すべき義務もない。

内外車による追突事故は並進先行していた原告車が突然内外車の進路に進入してくるのを訴外篠崎が見て追突を避けんとして急ブレーキをかけたが間に合わなかつたというもので、篠崎には、並進先行している車が突如として自己の進路に入つてくるのを予想すべき義務はなく、当時の道路状態を考えれば、内外車による追突事故は不可抗力によるものという他はなく、従つて篠崎には、車の運行上注意を怠つた事実はなく、原告らの受傷のすべての責任は松村が道路中央線を越えて四国車を走行させ原告車に衝突せしめたという点にある。

四、抗弁に対する原告らの答弁

被告らの抗弁事実はすべて否認する。

五、証拠〔略〕

理由

一、(事故の発生および原告らの受傷)

(一)(事故の発生)

昭和四二年九月一六日午後四時二〇分頃、東京都板橋区一の三の二先路上において訴外松村は四国洋紙店所有の四国車を道路中央線をこえて滑走行させ、折から対向してきた原告車の右前部に同車を衝突せしめ、右衝突とほぼ同時に訴外篠崎の運転する内外車が原告車後部に追突したこと、ならびに原告車には原告邦明、同恵嬉子が乗つていたことは当事者間に争いはない。

(二)(原告らの受傷)

1  〔証拠略〕によると、右(一)の二つの衝突又はそのいずれかの衝突により原告らは鞭打ち症の傷害を受け、原告邦明は昭和四二年九月二七日より一四日間の入院加療三日間の通院加療を受け、原告恵嬉子は同月二五日から約二ケ月半の入院加療、退院後現在まで引続いて通院加療を受けていることが認められ、他に右各認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右原告らの受傷が四国、内外車による二つの衝突のうちいずれによるものかについては、この頸椎損傷は通常その受傷時に格別の痛み、身体の外形的変状など伴わないことから判然とはしない。しかし

(1) 〔証拠略〕によると、最初の四国車との衝突は四国車は時速約二〇キロメートル程度、原告車はほぼ停止直前の徐行状態での衝突であり、その程度も原告車の右前部に四国車の右側部が接触し、両車に過擦跡を残したという程度のものであり、右接触による原告らの身体的衝撃も軽度のものであることが認められ、原告らの受傷は四国車との接触事故によるものとの可能性は少ないものと推認しうる。

(2) これに反し〔証拠略〕によると、内外車は衝突直前時速約三〇キロメートルで走行してきて停止している原告車の約五メートル手前のところで急ブレーキをかけたが滑走して追突したことが認められ、右の速度と当時の現場の道路状態(〔証拠略〕によると鉄板が路面に敷かれており、ところどころ泥土が散布されて雨のため路面が濡れており、車が非常に滑走しやすい状態にあつたことが認められる)との関係において内外車の制動距離はかなり長いことが推認され、内外車の追突時の速度はかなりのものであつたことが認められる。つぎに〔証拠略〕によると、右追突による原告らの身体に対する衝撃はかなり強かつたことが認められ、さらには通常鞭打ち症と呼ばれる頸椎損傷は追突事故によるものが比較的多いことなど考えあわせると原告らの受傷は内外車によるとの可能性が極めて多く、またそう認めるのが相当と思われる。他に右認定を覆すに足りる証拠もない。

3  しかし〔証拠略〕によると、四国車は事故現場の約一〇メートル程先から道路中央線を超えて走行し、折から反対方向からきた原告車に衝突し、原告車の原告邦明は右衝突を避けるべく左にハンドルを切りそこに停止しそれが原告車に並進追求してきた内外車の進路を妨げる結果となり、内外車による追突を惹起したことが認められ、さすれば四国車の最初の衝突と後の内外車の追突事故との因果関係は明らかであり、右の原告邦明のごとく対向してくる他車とまさに衝突せんとするときそれを避けるべくハンドルをきることは運転者にとつて当然の義務というべく、さらに衝突した後その被害程度を知るため車を停止させることもまた已むを得ないものと認めなければならない。つぎに篠崎のとつた措置ものちに述べるとおり当該事情のもとにおいてはある程度已むを得ないものと容認することができ、原告邦明、篠崎のとつた行為が右のとおり社会通念上已むを得ないものと認められる以上、四国車が直接その衝突により原告らの傷害を与えたものでなくてもその衝突と内外車による追突従つてそれによつて生じた原告らの受傷との間には相当因果関係あるものというべく従つて四国車も原告らに傷害を与えたものと認めるのが相当というべきである。そして他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、(被告らの責任)

(一)  被告四国洋紙店の責任

1  (保有者責任について)

本件事故当時被告四国洋紙店は四国車を所有していたことならびに同店雇人訴外松村が同車を同店所用のため運転していたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば被告四国洋紙店は自動車損害賠償保障法第三条の「自己のため自動車を運行の用に供する者」に該当するものというべきである。

2  (免責の抗弁について)

被告は訴外松村には車の運行に関し注意を怠つた事実はないと主張するが〔証拠略〕によると、本件事故当時現場附近道路は、全面に鉄板が敷きつめてある、泥土が散布されている、小雨が降つているなど車が非常に滑走しやすい状態にあつたことは認められるけれども、車の運転者としてはことさらいち早くそのような道路状態を認識し、車が滑走しもつて他の人車に対し被害を与えるのを避けるため適当な速度に調整する、ハンドルをしつかり保持するなどの義務があることは明らかであり、〔証拠略〕によると、松村は本件事故当時事故現場である都内板橋区志村一の三の二附近路上を巣鴨方面に向つて四国車を時速約二五キロメートルで運転中漫然ハンドルを操作しそのため同車を滑走させ同車の右側部分を道路中央線からはみ出させたまま約一〇メートル程滑走状態で走行させ、折から対向してきた原告車に同車を衝突させたことが認められ、右認定事実によれば松村の過失は明らかであるというべきである。(被告は、松村が車を滑走せしめるようなハンドル操作をなしたのは普通車が四国車に急激に接近してきたためである旨主張し、証人松村清司の証言中にも同旨の証言がみられるが、右証言は〔証拠略〕と対比してたやすく措信し難い。)

3  右認定事実によれば被告主張のその余の抗弁事実につき判断するまでもなく被告四国洋紙店には、原告らの本件受傷による各損害につき賠償すべき責任があるものと認められる。

(二)  被告内外化学の責任

1  (保有者責任について)

〔証拠略〕によると内外車は被告内外化学の所有するところでなく訴外旭工業株式会社(以下旭工業という)の所有車であると認められ他に右認定を覆すに足りる証拠はない。しかし、〔証拠略〕を総合すると

(1) 旭工業は昭和三三年頃設立され、資本金一〇〇万円、プラスチツク成型用金型製造を業務とし、事故当時従業員二、三名の会社であり、その設立は被告代表者鈴木徳らによるものであり、その発行株式のほとんど全部右徳その子訴外鈴木昭男らの保有するところであり旭工業の代表取締役も右昭男その後引続いて被告代表者徳の兼任するところでありその業務たる金型製造も被告内外化学の使用するものを専従的に製造しているのであり、その業務上の指揮監督権も専ら左の(2)の事実からも推認できるとおり被告内外化学に属していた。

(2) 本件事故も訴外篠崎が被告内外化学の仕事を終えての帰途上の出来事であり、事故発生後の原告らおよび被告四国洋紙店との示談交渉、原告らとの事後処理の接渉、治療費の支払等はすべて被告内外化学取締役(現在代表取締役)訴外鈴木文男によつてなされており、治療費についてもその支出負担も被告内外化学によつてなされており、両社の区別は事故当時訴外旭工業の社員たる篠崎によつてすらはつきり区別しえない状態にあつた。

(3) 本件事故発生後旭工業の機械設備などはその従業員ともども被告内外化学に引継がれ、両社は実質的には合併した状態にあることが認められる。右認定事実によれば両社は単に専従下請の関係にとどまるものでなく、旭工業は実質的には被告内外化学の営業の一部門を担当し両社は同一企業体をなしていると認めるのが相当であり両社が右のような関係にある以上、内外車所有権の形式的な帰属主体の相違は格別これを重要視するにはあたらず、被告内外化学は本件事故当時内外車を「自己のため運行の用に供していた」ものとみるを相当とすべく、従つて他に免責事由なき限り原告らの各損害につき責を免れえない。

2  (免責の抗弁について)

被告内外化学は内外車による追突事故は不可抗力であり訴外篠崎は無過失である旨主張する、〔証拠略〕によれば内外車は本件事故の直前現場附近路上原告車よりもう一つ歩道寄り車線を、その後方約七メートルからこれと並進追走していたところ、原告車が四国車との衝突を避けるべく左へハンドルを切り、内外車の進路へ進出して停止し、篠崎は、原告車への追突を避けるべく急ブレーキを踏んだが、車は滑走して停止せず追突してしまつたことが認められ、異る進路に並進する二車ある場合、後続車は並進先行車との間に適当な車間距離を保つべき義務はもちろんなく、前方注視義務も同一進路を先行する車に対するのと異なり道路全面の人車の動静に対し注意を払うという程度のもの以上には期待しえないし、並進先行車が通常用いるべき道路変更の指示方法をとらずして突然自己の道路に進入することあるを予知すべき義務も、もちろんない。従つて前示認定の如く事故当時の路面状態の極悪さを考慮に入れるならば訴外篠崎には本件事故に関しては運行上の過失は積極的にこれを認定することはできない。

しかし、

(1) 〔証拠略〕によれば、本件事故直前内外車と原告車とは異る進路といつてもその進路につき一部重り合つている部分が認められ、そうとすれば篠崎には原告車との間に適当な車間距離をとるべき義務があり、当時の道路状態からしてその車間距離約七メートルは、適当とはいへない。

(2) さらに予測し難い原告車の進入といへども一旦進入してきた以上当然可能な限りこれとの追突を避けるべく適当な方法をとるべく、当時の道路状態を知ればあわてて急ブレーキを踏んで急停車するよりハンドルを左に切ることによつて追突を避けるほうがより適当な措置というべきであり、〔証拠略〕によれば原告車による進路妨害は内外車の進路のごく一部にとどまることが認められるから、(篠崎は左側に並進車があり右の措置はとりえなかつた旨証言しているが、同一証言中にも右の証言と矛盾する点がありそれはたやすく信用できない)ハンドルを大きくきることにより追突を避けることは可能だつたと思われる。

(3) さらにもし訴外篠崎が清掃車との接触事故(証人松村清司の証言)および中央線突破等原告車との衝突前の四国車の動静を事前に見聞していたら、原告車と四国車との衝突を予想しえたかも知れず、さすれば篠崎に対しそれに備え徐行をすることなどにより原告車との追突を避けるべく適当な措置をとることを期待しえたはずである(証人篠崎は追突前の四国車の動静は原告車のかげで見えなかつた旨証言しているが、果して信用するに足るものか疑問である)

結局、訴外篠崎の過失については前記のとおり本件全証拠によるもこれを積極的に認めるに足りないが、反面篠崎の無過失も充分証されているものとは認めることができないから、立証責任の原則により、被告内外化学については、原告ら主張の予備的請求原因事実ならびに同被告の主張するその余の抗弁事実につき判断するまでもなく本件事故により原告らが蒙つた各損害につき賠償する責任ありといわなければならない。

三、(原告らの損害)

(一)  原告らの財産的損害

1  原告邦明の分(損害認定額―以下同じ―なし)

原告邦明の諸雑費については〔証拠略〕により入院時に何らかの雑費がかかつたことは、認められるが、その支出事項およびその金額については本件全証拠によるもこれを認めるに足りないところ、その事実を認定しえない以上その請求は理由がないものといわなければならない。

2  原告恵嬉子の分(金二〇万二、六〇六円)

(1) 治療費(金一一万一、一〇六円)

〔証拠略〕によれば、原告恵嬉子は昭和四三年五月以降以下のとおりの治療費を支出したることが認められ、それと同額の損害を受けた。

イ昭和四三年五月分 金一万八、八六〇円(七号証)

ロ〃六月分 金六、〇三〇円(八号証)

ハ〃七月分 金六、五二五円(一六号証)

ニ〃八月分 金三、五七五円(一七号証)

ホ〃九月分 金五、三三五円(一八号証)

ヘ〃一〇月分 金七、七五〇円(一九号証)

ト〃一一月分 金五、五八〇円(二〇号証)

チ〃一二月分 金七、〇八〇円(二一号証)

リ昭和四四年一月分 金四、三七〇円(二二号証)

ヌ〃二月分 金四、六三〇円(二三号証)

ル〃三月分 金四、三五〇円(二四号証)

オ〃四月分 金三、八〇〇円(二五号証)

ワ〃五月分 金四、七七〇円(二六号証)

カ〃六月分 金三、六九〇円(二七号証)

ヨ〃七月分 金四、三七〇円(二八号証)

タ〃八月分 金三、四六〇円(二九号証)

レ〃九月分 金五、八九一円(三〇、三一号証)

ソ〃一〇月分 金三、四〇〇円(三二号証)

ツ〃一一月分 金三、八一〇円(三三号証)

ネ〃一二月分 金三、八三〇円(三四号証)

合計 金一一万一、一〇六円

(2) 諸雑費(金七、五〇〇円)

イ 本人入通院自動車代(金五、五〇〇円)

〔証拠略〕によれば原告恵嬉子は入退院時にタクシー、ハイヤー等を使用したとの事実が認められる。そして入退院時には身体的障害、荷物運搬等それらを使用するにつき相当な理由あるものと認められるが、しかし退院後営業車を使用して通院したとの事実については、その部分に関する恵嬉子の供述はあいまいであり、仮にその事実があつたとしても、一般に退院後通院するに際し、一般に使用されるべき電車、近距離の営業車使用、徒歩等によらず営業車を使用し、その費用につきこれを損害として請求せんがためには、とくに身体障害、交通機関の過疎状況等それらによらざるを得ない特別の事情を主張立証すべきでありそれがない場合には、それは受傷治療との間に相当因果関係ある損害と認めることはできない。退院後原告恵嬉子にはある程度の後遺的症状が残り、そのため幾分の行動の不自由さがあつたとは認めることはできるけれどもそれは長期にわたり自宅から病院まですべて自動車とくに営業車によらなければならない程のものであるとは認めることができず、結局治療につき已む得ない費用と認められる入院、退院時の営業車使用による支出金五、五〇〇円のみこれを通常生ずべき損害と認め、その他の部分については理由なきものと認める。

ロ 付添人自動車代(なし)

右(1)に述べた理由により原告の請求はこれを認めることはできない。

ハ 付添人心付、食事代(金二、〇〇〇円)

付添人心付金二、〇〇〇円については、〔証拠略〕により支出したることが認められ、しかして右の付添人心付については社会的に認容せられる程度のものであるから、入院加療生活には必要な出費と認めることができるが、食事代金五五〇円については立証がない。

ニ 洗面具食器等購入費(なし)

〔証拠略〕によると、原告恵嬉子はその入院時に際し、食器洗面具を購入したとの事実については認めることができるけれども、その具体的支出数額については本件全証拠によるもこれを認めるに足りず支出数額の認定なき限り損害を確定しえずその請求は全部につき理由なきものと認めざるを得ない。

よつて以上のとおり雑費については金七、五〇〇円のみこれを本件受傷との間に因果関係ある損害と認める。

(3) その他の財産的損害(金八万四、〇〇〇円)

〔証拠略〕によれば原告恵嬉子の日常の家事労働及びその商店経営業務従事は原告一家にとつて不可欠のものであつたところ、原告恵嬉子は、退院後の経過が思わしくなく昭和四二年九月より昭和四三年七月ごろまでほとんど日常の家事労働およびその商店経営の業務に従事しえなかつたこと及びそのために訴外石川逸子、同岡田菊の両名を雇入れたことを認めることができ、しかしておよそ原告恵嬉子の労働がその一家の日常生活にとり不可欠のものと認めることができる以上、その代りとして人を雇い入れることもまた已む得ざるものと認めるべきであり、〔証拠略〕によれば右二人の給料として金八万四、〇〇〇円を支出したことが認められ、右事実によればそれと同額の損害を受けたことが認められる。

以上の右事実によれば本件事故により原告恵嬉子が受けた財産的損害は合計金二〇万二、六〇六円であると認めることができる。

(二)  原告らの精神的損害(慰藉料)

1  原告邦明の精神的損害(金一五万円)

〔証拠略〕によると、原告邦明は本件事故による鞭打ち症の傷害のため昭和四二年九月二七日より一四日間の入院生活、三日間の通院加療を余儀なくされたが、その後はある程度の身体的変調があるとしても日常生活にはそれ程支障をきたさない程度に傷は治癒したことを認めることができる。しかし、本件受傷によつてデザイナー志望を断念したとの原告邦明主張の事実については〔証拠略〕によれば、当時原告邦明には将来デザイナーとして身を立てるという程の意思はなく、単に将来家業(洋品販売業)を継ぐうえで有益であるというにとどまり、さらに原告邦明にとつて本件事故による受傷が事故当時明治大学に通学するかたわら通つていたデザイナー学院の勉学を継続するにつき一つの障害になつたであろうことは予想しうるがしかしそれのみが原因となつて右デザイナー学院を中退したるものとは認め難くかりにそうとしても中退が直ちにその志望変更と結びつくものとは到底考えられない。従つて仮りに原告邦明にデザイナーとなる志望があつたとしても、その志望断念と本件事故による受傷とは社会上通念容認されるべき相当因果関係はないというべきである。右事実と本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すれば原告邦明の受けるべき慰藉料の額は金一五万円をもつて相当と認める。

2  原告恵嬉子の精神的損害(金五〇万円)

〔証拠略〕によれば原告恵嬉子は本件事故による受傷により昭和四二年九月二五日から同年一二月三日まで約二ケ月半に及ぶ入院生活を余儀なくされ、その後も、完治せず腰部に痛み、頭部、四肢のしびれ、目にもいくぶん異状ある等の後遺的症状が残つており退院後も現在までほとんど継続して通院加療を余儀なくされるに至つており、そのため一時はほとんど主婦としての家事に従事することもできず、その後の生活を含めて健康な一般の主婦のごとく健全な日常生活を送ることができなかつたことは、主婦としてかなりの精神的苦痛を伴つたことが認められる。

右事実と本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告恵嬉子が受けるべき慰藉料の額は金五〇万円をもつて相当と認める。

四、以上のとおり被告らには右三に認定したとおりの原告らの各損害を賠償すべき義務があり、従つて被告らは各自原告邦明に対しては金一五万円、原告恵嬉子に対しては金七〇万二、六〇六円および右各金員に対する記録上本件訴状送達の日の翌日であることが明らかな昭和四三年五月二八日より右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある。

よつて原告らの本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求については理由がないから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松澤二郎)

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